新史料による児玉源太郎伝

最新研究で通説を覆す、決定版評伝! ●名将の条件、危機の時代のリーダーのあるべき姿とは? 台湾統治を軌道に乗せ、日露戦争を勝利に導いた"窮境に勝機を識る"名将の実像を、「児玉源太郎関係文書」に加えて、新史料「児玉家資料」・「浅見家史料」を使い、政治史・戦史・軍事学的観点から描き出す。 ●最新研究で通説を覆す決定版評伝! 児玉は二〇三高地で何をやったのか?/児玉の用兵思想とは?/児玉は天才的戦術家だったのか?/統帥権改革の真相は?/新史料が明かす帷幄会議設置構想・監軍部(教育総監部)廃止構想とは?/内務大臣時代の先進的な諸政策はいかなるものか?/児玉が台湾統治で用いた「油さし政治」とは? ●二〇三高地攻略戦を指導し、日露戦争を勝利に導いた男・児玉源太郎。だが、児玉は戦争・作戦指導のみならず、軍事行政、軍制改革、軍隊教育、植民地統治でも成功を収めた。さらに、児玉には「平時の予言的改革者」としての側面もあった。これまでにも児玉の評伝は複数刊行されているが、近年になり公開された「児玉源太郎関係文書」を含む児玉関係史料を網羅的に収集することで、新たな事実が発見され通説を覆す必要が出てきた。本書は、多面的才能を持つ児玉の生涯を、新史料を駆使し、政治史・軍事学・戦史的視点を中心に描いた、児玉評伝の決定版である。 〈「軍服を着た政治家」であった児玉の公的生涯を一言で表現するならば「平時の飽くなき改革者、戦時の卓越した戦争・作戦指導者」ということになろう。しかも、彼が従事した改革や戦争・作戦指導は、歴代台湾総督が失敗した難治の地・台湾での成功や、大国ロシアを相手にした戦争の勝利に象徴されるように、窮境の中での成功であった。その意味で児玉は「窮境に勝機を識る男」といえた。指導者は窮境にあってこそその真価を試されるが、児玉はどんなに厳しい状況下に置かれても、強固な意志と頑強な知性で障害や抵抗を克服してその所信を断行し、成功を収めた。〉――本文より ※本書は、『児玉源太郎』(2019年、小社刊行)に、新史料である「児玉家資料」・「浅見家史料」などに基づく記述や写真などを大幅に増補した新版である。 ※「内政は王道、外交は覇道たるべし」 児玉の政治理念を表した言葉。児玉は、内政は善政により民衆の生活を安定させてその心をつかむ政治を、外交は権謀術数をも厭わない帝国主義的政策を理想とした(本書「終章」参照)。 ※児玉源太郎(1852年-1906年) 萩藩の支藩である徳山藩の中級武士の家に生まれる。戊辰戦争では函館戦争に参加。維新後、佐賀の乱、神風連の乱の鎮圧で活躍。西南戦争でも武勲を挙げた。明治20年には陸軍大学校初代校長に就任し、軍制改革に貢献。日露戦争開戦後は満洲軍総参謀長として日本陸軍の勝利に多大なる貢献をした。さらに、政治・行政面でもその能力を発揮。台湾総督、陸軍大臣、内務大臣、文部大臣などを歴任し、軍政・行政改革に手腕を示すと共に混乱続きの台湾経営を軌道に乗せ、将来の首相候補とまで言われていた。惜しくも日露戦争終結から僅か10カ月の明治39年7月に脳溢血で急逝した。 【目次】 はじめに 児玉家略系図 序章 明治天皇の御沙汰書  第一部 萬里南を鎮めて快哉を叫ばん 第一章 四十二の二つ児/第二章 河東の精兵/第三章 憤涙、雨の如く滴る/第四章 児玉参謀は健在なるや/第五章 妖気地を捲き山河を蔽う/第六章 東京鎮台第一等の連隊/第七章 陸軍の児玉か、児玉の陸軍か/第八章 ドイツ軍隊の骨髄は国境の軍隊にあり/第九章 陸軍省は即ち児玉なり/第十章 我が断案所信を貫くべし/第十一章 悪戯好きの洗練された紳士  第二部 戦血山野を染めて総て荒涼中に在り 第十二章 軍備充実と軍政刷新――軍制大改革/第十三章 大鉈を揮って削るべし/第十四章 名利は糞土の如し/第十五章 初戦の結果は全局の成敗に関する/第十六章 諸君の意見は国家の意見なり/第十七章 実は厠に隠れ居たりしなり/第十八章 親友乃木と会い、軍に忠告せん/第十九章 万難を排して奉天東北に進出せよ/第二十章 戦争をやめる技倆/第二十一章 突飛新式の果断家の終焉/終章 児玉源太郎とは?――窮境に勝機を識る男 註(本文)/主要参考文献一覧/附表1・2/児玉源太郎年譜/主要人名索引

著者
長南 政義
出版社
作品社
発売日
2026-10-02
価格
4,500円(税込・書誌情報提供:openBD)
ISBN
9784867931653
ページ数
480ページ

発売まであと24日

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