質的心理学研究第9号

質的心理学研究』第9号    巻頭言   「手続き」や「方法」を越えて   『質的心理学研究』が学会誌になってから今回で6年目になる。この間「日本質的心理学会」の会員数も大幅に増え,また「質的な研究」に関する書物も巷にあふれるようになり,当初,物珍しかった「質的な研究」という用語も今ではすっかり耳慣れたものになった。「手続き」や「方法」に関する書物も増え,『質的心理学研究』が多くの人たちに手に届きやすいものになっているかのような雰囲気が生まれている。しかし,「手続き」や「方法」を学んだからといって,自動的に研究が生まれるわけではない。解き明かすべき「問題」がなければ,「手続き」や「方法」それ自体にはまったく意味がない。 この点に関して,心理学には苦い記憶がある。「問題」など何でもよい,大切なのは科学的「方法」であり「手続き」である。それがかつての心理学のスタンスだった。心理学は,現実世界から切り離された実験室という「設定空間」に閉じこもり,手持ちの「手続き」と「方法」に合わせて,人為的な疑似問題を論じ合い,それをあたかも科学であるかのように勘違いしていたのである。このことを「心理学の世界は『探索空間』ではなく『設定空間』だ」と表現する研究者もいた。つい四半世紀前のことである。 だが,そのような「設定空間」には,本物の「問題」は存在しない。「問題」を抜きにして「手続き」や「方法」が一人歩きをする事態になれば,質的心理学もまたかつての心理学の過ちを繰り返してしまうことになる。質的心理学が,実験室のドアを打ち破りフィールドに出てきたのは,本物の世界に出会うためである。人々の生きている現実世界の豊穣さにとことん出会い,そこから考えていこうというのが質的心理学のスタンスである。 一番大切なことは,解き明かさなければならないと思うような本物の「問題」を見出すことである。では,どうやってそれを見出すのか。方法は3つしかない。 1)自分の選んだある具体的なフィールドに,誰よりも深く潜入することである。2)ある領域にこだわり,その領域のことを誰よりも深く考えることである。書物や論文はその際の資源の一つである。3)他者が見ていないもの見る力を養うことである。これはセンスであり,容易に養いがたい。だが,幸いセンスは若干とはいえ伝染する傾向がある。可能なことは,そのようなセンスをもつ人物や書物に数多く接することである。 質的心理学の世界はまだまだアマチュアが活躍できる学問の黄金時代である。これまでの『質的心理学研究』には,それまで誰も気づかなかった新たに見出された「問題」が数多く掲載されてきた。とはいえ,まだ,誰も見つけていないような「問題」は山のように残っている。ゆめゆめ「手続き」や「方法」を先に考えてはならない。解くべき「問題」を探すのが先である。「探索空間」の自由を,人間世界を探索するスリルを,これからもみなさんとともにたっぷり味わっていけたらと願っている。 編集委員長  麻生 武

著者
日本質的心理学会 
出版社
新曜社
発売日
2010-03-20
価格
2,800円(税込・書誌情報提供:openBD)
ISBN
9784788511897
ページ数
220ページ

発売済み

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