本をたがやす

しあわせになるための読書

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本に線を引く。 余白に書き込む。 たった一行を、何度でも読む。 そうして本に手を加えるうちに、自分の感覚や考え方も、少しずつ変わっていく。 文化人類学者・批評家・吟遊詩人の今福龍太が、書物とともに生きてきた時間を、聞き書きのかたちで語ります。 はじまりは、少年時代に夢中になった昆虫図鑑。 自分で架空の虫の図鑑をつくったこと。 十五歳で戸井田道三から贈られた一冊。 石牟礼道子『苦海浄土』のなかに、自分と同い年の少年を見いだしたこと。 山口昌男との出遭いや、メキシコ、バークレーの書店をめぐる記憶から、読書が身体を動かし、現実の世界へつながっていく姿が浮かびます。 何を読めばいいのか。 厚い本はどう読めばいいのか。 読んでも覚えていなくてよいのか。 身近な問いから、語りは、本の物質性、言葉にひそむ謎、引用から生まれる創造、そして「しあわせ」の意味へと進みます。 〈文化〉を意味するcultureの語源、ラテン語colereには、耕すだけでなく、住まう、世話する、敬うという意味がある。本をたがやすことは、本を生かし直し、本によって自分もたがやされる、相互のいとなみです。 世界の痛みを感じながらも、喜びや自由を手放さずに生きるには。 知識の獲得だけでは捉えきれない読書の経験を、個人的な記憶と具体的な手ざわりから語る一冊。 聞き書き五章に加え、挿絵を添えた書き下ろしの小文「瞬間の書景」十篇を収録。

著者
今福 龍太
出版社
コトニ社
読者対象
一般書
内容
日本の評論・随筆
発売日
2026年12月4日
発売日の出典
openBD
価格
2,200円(税込・書誌情報提供:openBD)
ISBN
9784910108285
ページ数
224ページ
判型
四六変型判

発売まであと49日

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目次

本書について 第一章 はじまりの本 第二章 師との出遭い 第三章 本をたがやす 第四章 本棚と創造性 第五章 しあわせになるための読書 瞬間の書景  ブルームズデイの夢  銀の滴  ガジュマルと珊瑚石  カオニャオ・テーブル  ハナビラダカラの泪  マカン・ブッサル  ツツジ咲き乱れる山  紙と鉛筆が守るもの  どのページからでも  リュウキュウエノキの葉裏 あとがき

著者について

今福 龍太

1955年東京生まれ。幼少より湘南辻堂の海と松林を遊び場にして育つ。少年時代は虫採りと山登りに熱中。青年期も野外派であったが、つねに傍らには本があり、虫の深みはヘッセや北杜夫、山の憧憬はウィンパーや今西錦司に教えられる。大学時代は民俗学、人類学、美術史、記号論、現代音楽、映画などを渉猟し、26歳の時メキシコへ。首都に集まる中南米の軍政からの若き亡命者たちと交わりつつ、先住民や混血民(メスティーソ)の村で対話型のフィールドワークを重ね、「叛-人類学」の実践を試みる。その後、テキサス大学オースティン校にてボーダー・バラッド(メキシコ国境叙事歌謡)研究の泰斗アメリコ・パレーデスに師事。アメリカ国家の制外者としてのチカーノ民衆世界に目覚める。さらに環カリブ海地域でのフィールド経験により文化混淆としての「クレオール」の発見へと導かれる。1980年代の終わり頃から日本の大学にて教鞭をとりつつ、ブラジルのサンパウロ大学、サンパウロ・カトリック大学、台湾・淡江大学などで客員教授をつとめる。2002年より遊動型の野外学舎〈奄美自由大学〉を主宰。奄美・沖縄・台湾をむすぶ東アジア群島を起点に探究の旅と彷徨をいまもつづけている。著書に『クレオール主義』『群島-世界論』『薄墨色の文法』『レヴィ・ストロース 夜と音楽』『ハーフ・ブリード』『サッカー批評原論』『原写真論』『ぼくの昆虫学の先生たちへ』『言葉以前の哲学 戸井田道三論』『霧のコミューン』『仮面考』『私という群島』『〈見ること〉の未来』など多数。2016年、『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』で讀売文学賞、2019年には『宮沢賢治 デクノボーの叡知』で宮澤賢治賞・角川財団学芸賞を受賞。書物論関連の著作としては『身体としての書物』『書物変身譚』などがある。近年は著作のみならず、三線や月琴を抱えて自作の詩を吟遊する詩人として、〈吟遊オペラ〉Bardic Opera と名づけたパフォーマンスを国内外の各地で行っている。

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