
日本史の新刊一覧
該当件数: 11件
2026年9月15日
2026年9月17日
新資料「天皇の戦争責任に関する研究」と『昭和天皇独白録』の秘められた関係とは何か。戦後日本の原点をなす歴史の謎の真相に迫る。
2,800円(税込・書誌情報提供:openBD)
2026年9月29日

★作品社公式noteで「はじめに」全文公開中→「小栗忠順 試し読み」で検索! 【2027年大河ドラマ「逆賊の幕臣」主人公】 思想史学者による、本格評伝。 膨大な史料に基づき、幼少時から生涯をたどり、その思想的側面を明らかにし、〈歴史から消された近代日本の真の起動者〉の人生に肉薄する書き下ろし。 「明治国家の父たち(ファーザーズ)の一人」と、勝海舟と並び称される幕臣・小栗忠順(1827~1868年)は、幕末期の日本に近代的な制度や施設、事物を数多く導入し、当時の国際情勢を把握したうえで早くから開国を主張した、幕末を代表する傑物であった。しかし、その先見性ゆえに明治新政府から恐れられ、やがて「朝敵」として理不尽に処刑され、歴史から滅却された。 日本を近代化させる基盤を築いた偉人の人生とはいかなるものであったのか? これまで十分に描かれてこなかった幼少時から青年時を含む、出生時からの時間軸に沿ってその生涯をたどり、あまり語られてこなかった思想的源泉にも迫る。膨大な史料をもとに書かれた本格評伝。 「小栗は、三河武士らしい戦国期の武士道が、朱子学、陽明学と融合した思想を、力強くその身に帯びていた。(…)彼は決して新しいタイプの人間ではなく、明らかに伝統的な、あるいは典型的な江戸時代の武士だった。そして、そのような江戸時代人こそが、苦悩しながら新機軸を打ち出し、身を切りながら制度や財政の大改革を断行したことに、私は感動を覚えるのである。」――本書より 【目次】 はじめに 序章 歴史から消された近代日本の真の起動者 第一章 非凡なる書生時代 第二章 「就職」・結婚・黒船来航 第三章 万延元年遣米使節 第四章 幕府の近代化 第五章 混迷する政局 第六章 江戸時代の終わりと小栗の死 補章 同時代人の評価とその後 おわりに 註 参考文献
2,700円(税込・書誌情報提供:openBD)
2026年10月2日

最新研究で通説を覆す、決定版評伝! ●名将の条件、危機の時代のリーダーのあるべき姿とは? 台湾統治を軌道に乗せ、日露戦争を勝利に導いた"窮境に勝機を識る"名将の実像を、「児玉源太郎関係文書」に加えて、新史料「児玉家資料」・「浅見家史料」を使い、政治史・戦史・軍事学的観点から描き出す。 ●最新研究で通説を覆す決定版評伝! 児玉は二〇三高地で何をやったのか?/児玉の用兵思想とは?/児玉は天才的戦術家だったのか?/統帥権改革の真相は?/新史料が明かす帷幄会議設置構想・監軍部(教育総監部)廃止構想とは?/内務大臣時代の先進的な諸政策はいかなるものか?/児玉が台湾統治で用いた「油さし政治」とは? ●二〇三高地攻略戦を指導し、日露戦争を勝利に導いた男・児玉源太郎。だが、児玉は戦争・作戦指導のみならず、軍事行政、軍制改革、軍隊教育、植民地統治でも成功を収めた。さらに、児玉には「平時の予言的改革者」としての側面もあった。これまでにも児玉の評伝は複数刊行されているが、近年になり公開された「児玉源太郎関係文書」を含む児玉関係史料を網羅的に収集することで、新たな事実が発見され通説を覆す必要が出てきた。本書は、多面的才能を持つ児玉の生涯を、新史料を駆使し、政治史・軍事学・戦史的視点を中心に描いた、児玉評伝の決定版である。 〈「軍服を着た政治家」であった児玉の公的生涯を一言で表現するならば「平時の飽くなき改革者、戦時の卓越した戦争・作戦指導者」ということになろう。しかも、彼が従事した改革や戦争・作戦指導は、歴代台湾総督が失敗した難治の地・台湾での成功や、大国ロシアを相手にした戦争の勝利に象徴されるように、窮境の中での成功であった。その意味で児玉は「窮境に勝機を識る男」といえた。指導者は窮境にあってこそその真価を試されるが、児玉はどんなに厳しい状況下に置かれても、強固な意志と頑強な知性で障害や抵抗を克服してその所信を断行し、成功を収めた。〉――本文より ※本書は、『児玉源太郎』(2019年、小社刊行)に、新史料である「児玉家資料」・「浅見家史料」などに基づく記述や写真などを大幅に増補した新版である。 ※「内政は王道、外交は覇道たるべし」 児玉の政治理念を表した言葉。児玉は、内政は善政により民衆の生活を安定させてその心をつかむ政治を、外交は権謀術数をも厭わない帝国主義的政策を理想とした(本書「終章」参照)。 ※児玉源太郎(1852年-1906年) 萩藩の支藩である徳山藩の中級武士の家に生まれる。戊辰戦争では函館戦争に参加。維新後、佐賀の乱、神風連の乱の鎮圧で活躍。西南戦争でも武勲を挙げた。明治20年には陸軍大学校初代校長に就任し、軍制改革に貢献。日露戦争開戦後は満洲軍総参謀長として日本陸軍の勝利に多大なる貢献をした。さらに、政治・行政面でもその能力を発揮。台湾総督、陸軍大臣、内務大臣、文部大臣などを歴任し、軍政・行政改革に手腕を示すと共に混乱続きの台湾経営を軌道に乗せ、将来の首相候補とまで言われていた。惜しくも日露戦争終結から僅か10カ月の明治39年7月に脳溢血で急逝した。 【目次】 はじめに 児玉家略系図 序章 明治天皇の御沙汰書 第一部 萬里南を鎮めて快哉を叫ばん 第一章 四十二の二つ児/第二章 河東の精兵/第三章 憤涙、雨の如く滴る/第四章 児玉参謀は健在なるや/第五章 妖気地を捲き山河を蔽う/第六章 東京鎮台第一等の連隊/第七章 陸軍の児玉か、児玉の陸軍か/第八章 ドイツ軍隊の骨髄は国境の軍隊にあり/第九章 陸軍省は即ち児玉なり/第十章 我が断案所信を貫くべし/第十一章 悪戯好きの洗練された紳士 第二部 戦血山野を染めて総て荒涼中に在り 第十二章 軍備充実と軍政刷新――軍制大改革/第十三章 大鉈を揮って削るべし/第十四章 名利は糞土の如し/第十五章 初戦の結果は全局の成敗に関する/第十六章 諸君の意見は国家の意見なり/第十七章 実は厠に隠れ居たりしなり/第十八章 親友乃木と会い、軍に忠告せん/第十九章 万難を排して奉天東北に進出せよ/第二十章 戦争をやめる技倆/第二十一章 突飛新式の果断家の終焉/終章 児玉源太郎とは?――窮境に勝機を識る男 註(本文)/主要参考文献一覧/附表1・2/児玉源太郎年譜/主要人名索引
4,500円(税込・書誌情報提供:openBD)
2026年10月5日

「チーム秀吉」の全貌がわかる。 信長から秀吉、そして家康へ。権力が移り変わるとき、豊臣一族は人々にいかに記録され、描き記されたのか──。 秀長・秀次・北政所・千利休・淀殿・秀頼・高虎・遠州…。〈チーム秀吉〉の人々や『太閤記』などの文学作品、合戦図屏風、城郭、服装など、歴史学と文学の融合という新たな研究潮流から豊臣一族を徹底的に読みとく。 これから豊臣一族について知りたい人、これまで抱いていた豊臣一族像をアップデートしたい人にとって必携の一冊。 執筆は、堀 新/井上泰至/北川央/金子拓/菊池庸介/光成準治/遠藤珠紀/湯浅佳子/網野可苗/桐野作人/吉田豊/石塚修/太田浩司/荻原大地/竹内洪介/和田裕弘/長崎巌/高木浩明/黒田智/岡野有里香/高橋修/福井智英/松下浩/河内将芳/岡嶋大峰/宮崎博司/山田邦和/川西裕也。 大河ドラマ「豊臣兄弟!」が100倍面白くなる、研究の最前線がわかる! 「序──分裂する秀吉イメージを繋ぐには」より 【第一部では秀長・秀次・秀秋・秀頼ら主要人物について、史実に基づく「実像」と後世に形成された「虚像」を対比的に提示し、人物像の乖離とその背景を明らかにした。第三部でも『太閤記』などの文学史料を対象に、同様に実像と虚像の差異を読み解き、言説の生成過程を検証した。一方、第二部は一族の周辺へと視野を広げ、家族関係や社会的基盤を補足し、第四部では肖像画や合戦図屏風といった視覚資料からイメージ形成のあり方を分析した。さらに第五部では城郭研究の成果を通じて権力の空間的実態を示した。以上により、史料批判と表象分析を接続し、豊臣一族をめぐる歴史像の総合的な再構築を試みた。その全体からチーム秀吉を捉えられるようにした。】
3,200円(税込・書誌情報提供:openBD)
2026年10月7日
2026年10月13日
2026年10月30日
2026年11月6日
2026年12月2日
戦前の段階で止まっていた研究の停滞を打破。 新史料で次々と明らかになる新事実! 旅順要塞、二〇三高地、奉天会戦……ウクライナ戦争から118年前。ロシア軍と果敢に戦い勝利した“軍神”がいた。膨大な量の史料が、名将と愚将の間で評価の分かれる“軍神”の通説を覆し、その実像を浮かび上がらせる。日露戦争戦史・乃木研究の第一人者が、新史料を含む日記・書簡・意見書といった一次史料を網羅的に使用・分析し描いた、初の実証的な乃木希典伝。 軍人としての評価が、名将から愚将、そして再び名将へと、乃木ほど大きな振幅を見せた軍人は日本近代軍事史上、稀である。今日では名将としての評価が揺るがないようであるが、乃木はほかの陸軍軍人と比べ、どのような点で卓越していたのだろうか? また、乃木は軍歴の大半を部隊指揮官として終始し、軍司令官・師団長・旅団長・聯隊長の各レヴェルで実戦を経験した軍人である。では、どのレヴェルでも、また平時・戦時の双方で成功を収めたのだろうか?本書は、野戦軍司令官、教育者、忠臣、台湾総督など複数の顔を持つ乃木の生涯を、膨大な量の新史料を駆使して、通説を修正しつつ、これまで軽視されがちであった政治史的側面にも注意しながら、戦史・軍事学的視点を中心に、描き切る。 乃木希典(1849―1912) 陸軍大将。嘉永2年(1849)11月11日、長府藩士乃木希次の三男として江戸藩邸に生まれる。吉田松陰の師で松下村塾創始者・玉木文之進に学んだ後、第二次幕長戦争では報国隊に属し北九州を転戦。維新後、フランス式軍事教育を受け、明治4年(1871)陸軍少佐となる。 西南戦争に歩兵第十四聯隊長として従軍し、薩軍に軍旗を奪われる。日清戦争では歩兵第一旅団長として蓋平の戦いで清国軍を撃破。第三代台湾総督、初代第十一師団長を経た後、日露戦争に第三軍司令官として出征、旅順を苦戦のすえに攻略、奉天会戦ではロシア軍の退路に迫り、日本の戦勝に寄与。明治40年(1907)には学習院長を兼任、伯爵に陞爵。大正元年(1912)9月13日、明治天皇の大喪儀当日、妻静子と自刃した。
4,500円(税込・書誌情報提供:openBD)

